SPECIAL

REDMAN INTERVIEW

interview by 石角友香

これまで結成の経緯や、自らの音楽性に込めた思いを発言という形であまり発信してこなかった彼ら。今回の1stミニアルバム「FLAME OF LIFE」のリリースタイミングで、バンドの核となるマインドの部分や、1stシングルになった「Callenge the GAME」がアニメ「遊戯王ZEXALⅡ」のエンディングテーマになった理由でもある、アニメに対する強い思いの発端などをフロントマンでボーカルの石川聡と、石川とともに作曲を手がけるギターの杉原亮にじっくり聞いてみた。

——まず、バンド結成のいきさつを教えてください。

石川聡
発端は2012年頃まで遡るんですけど、僕がもう一つやってるバンドが半年ぐらい活動を止めざるを得ない状況になってたんですね。それはバンドにとって大打撃なので、メンバー、スタッフ間で話し合って、どうにかその穴を埋められないか?っていう中で持ち上がった話が、俺がソロでプロジェクトを立ち上げて活動するということで。

——それがきっかけだったんですね。

石川
誕生のきっかけはそうなんですけど、俺が歌しかない人間で、歌うことでしか自分のことを表現できないし、歌に助けられて今があるし、生きていられるし、生活もできる。いろんな意味で歌がなくなってしまったら死んでるも同様みたいな人間なんですよね。だからバンドがなくなってしまうイコール自分の居場所がなくなってしまう恐怖にすごく悩まされてもいたんです。だから、それが最善策かどうかは分からなかったけど、同じ後悔でもやって後悔したいなと思ったんですよね。それでまぁけっこうムチャなスケジュールを組まれたんですよ。プロジェクトを立ち上げた1ヶ月後にライヴがもう決まってて(笑)。

——曲作りもメンバー探しもその間にってことですよね?

石川
そうなんですよ。でも、もう瞬発力と行動力がすべてだなと思って、1からメンバーを探すことになったんですけど、やっぱりいくら時間がないにしろ、妥協したメンバーと妥協したものをリスナーに届けるっていうのは自分の中で有り得なかったので、自分がリスペクトできるプレーヤーで固めたいと思って。そう考えた時に、僕、地元が千葉なんですけど、地元のライブハウスで仲がよかった杉原(亮)と、ベースの(吉岡)宗一郎が前にやってたバンドを何回も見に行ってたことがあって、パフォーマンスにしても技術的なことにしても、リスペクトする部分が多くて、いつかこいつらとセッションやったりバンドやったりしてみたいなっていう思いがあったので、ダメ元で誘ってみたら、快諾いただいて(笑)。ドラムの大熊(桂斗)も昔から友だちで、すごく華のあるドラマーで、そいつにも声をかけてみたらすぐに「やりたい」って言ってくれて、すぐメンバーが揃ったんですね。

——存在理由にかかってるだけにすごい行動力ですね。

石川
はい。それと同時に曲も作っていって、どうにかこうにか形にして、ライブも実現して。その翌月にはもうレコーディングが始まるっていうスケジュールだったんで、常に曲作りをして、2ヶ月で10曲作ってレコーディングって状態までしたのが、まず最初の段階です。

——すさまじいですね。杉原さんは石川さんに誘われたとき、理由に対しての引っかかりはなかったんですか?

杉原亮
特になくて。元々、友だちとして絡んでる時間も長いし、ちょうど長くやってたバンドが解散して、経験もないのにメタルバンドに入らないか?って話があったりして聡に相談したんですよ。そしたら「いや、おまえ、俺とやれよ」って言ってきたんで、即、承諾した感じです。僕も以前から聡とやりたかったんですけど、もう一つのバンドもあるし、落ち着いてどこかのタイミングでできたらいいなと思ってたんで、「あ、今なのかな」とはお互い思っていたというか。

——居心地や関係性もいいし?

石川
そういう部分は大きいですね。それと作曲スタイルは今もそうなんですけど、こいつ(杉原)の家に行ってふたりで一から曲を作るっていう作業をずっと繰り返してたんですけど、そこで得たものも大きくて。俺はもう一つのバンドで音楽をやって、少なからず食えてるんで、100%、生活の中で音楽に時間をかけられるんですけど、こいつの場合はバイトしながら睡眠時間も削って、俺の作曲に付き合ってくれてたわけですよね。目の前でこれだけ頑張ってるヤツがいるのに、活動をストップしてしまっている自分の状況がホントに許せなくなって、「何やってんだ?」と。それはすごい原動力になったし、音楽に対する考え方、甘えみたいなものが壊せたし、バンドマンとして忘れかけていたものを思い出せたっていう時間でもありましたね。

——バンドに対するモチベーションを再認識したんですね。そこからさらに活動が本格化していったと?

石川
そうですね。自分の中から歌詞と曲がどんどんできてくるに連れて、自分の居場所の一つになってる感覚が膨らんでいってて。そこでライブをすることになったときもうひとりのギターの(園木)理人くんを入れたんですよ。彼は杉原のギターの師匠でもあって。

杉原
僕がずっとライブをやってた渋谷のライブハウスで、サポートギタリストとしてプレイしてるのを見て「かっこいいな」と思ってたんです。サポートとかやってる人って「テキトーっすよ」みたいなことを言う人が多い中で、理人さんは「バンド楽しいですか?」って聞いたら「めっちゃ楽しい!」って即答されて。僕、バンドやって、ちょっと病んでたんでそれはすごい驚きでもあったし、この人ってホントにそういう人なんだな、なんていい人なんだと思って(笑)。だからやってもらえるかわかんないけど、「ギターもうひとり入れたい」って言ったときも「めっちゃ面白そうやん!」って感じだったんですよ。

——それは救われますね。

石川
理人くんが入ったことによって、人柄もそうなんですけど、プレイ面ですごくあいだをとってくれるので、まとまりが出たんですよ。それでさらにバンド感が増していって、今の5人で何本かライブをやってるうちに、アニメの「遊戯王ZEXAL」のタイアップの話がきて。エンディングテーマになった「Challenge the GAME」って曲によって、俺の中でこのバンドでやっていきたいものは決定したというか、ひとつの大きな理由になった部分なんですね。

——子どもの頃から大のアニメファンなんですよね。

石川
もう、ドラゴンボールの悟空の道着を着たり、「幽遊白書」の”飛影”ってキャラクターの模様を付けて、包帯巻いて学校に行くぐらい(笑)、アニメが大好きな子どもでしたね。

——キャラクターになりきって?

石川
もう、どっぷりハマってて。それでアニソン大好きな少年時代を過ごし、今もずっと好きなんですけど、もともと歌を歌うきっかけもそうで、「アニメの歌を歌いたいな」っていうのはでかい夢のひとつにあったんです。だからこの
バンドはその夢を叶えてくれたってことが自分の中で大きくて。アニメのタイアップをもらえたってことを周りのヤツらに話すと「どうせ出来レースだろ?」とか「事務所の力で付けてもらったんだろ」とか、ムチャムチャ言われたんですよ。バカにされたというか。「はいはい、おまえはいいよな」みたいな感じで。でもそれは全くの誤解で、俺は「遊戯王ZEXAL」のコンペに1から応募して勝ち取ったタイアップだったんです。

——メンバーには「え?アニメ?」って人はいなかった?

石川
いなかったです。メンバー全員、アニメが好きっていうのも強かった。なにしろ自分はアニソンをすごく大切に思ってるので、さっきも言った、大人の事情で売り出されるためにつけられたタイアップとかを好きなアニメでやら
れるとホントに腹立つんですよ! ホントにそのアニメを好きで、そのアニメを表現するために歌詞書いて、曲作ってんのか?って。それをやってないのはアニメに対する冒涜だと思っていて。なので、バンドがどうとかはいいから、まず「遊戯王ZEXAL」をいかに100%曲だけで表現できるか?ってことだけを考えて作ったので、そこはアニメの制作の人に響いたと思ってます。

杉原
そこはすごかったですよ(笑)。コンペの話をもらって、聡からすぐ電話がかかってきて「今すぐ行くぞ!」と。なんだろう?と思ってたら、あんまり事情も聞かされないまま「もうメロディも頭にある。やるぞ!」って言われて(笑)。

——(笑)。そこで石川さんが元来持ってるリーダーシップが発揮されたのかもしれない。

石川
それまで自分はリーダーシップをとったことがなくて。もう一つのバンドもリーダーでもないし、割とひとりでいることが多かったんですね。でも、ふと気づいたら「あ、俺、こんなこともできるんだ」って。特にそのアニメのタイアップのときはものすごい行動力があったと思うんですけど、そういう今までなかった自分も引き出してくれるんですよね、このバンドは。

——石川さんの危機感が本物だったからこそ、ここまですごいスピード感でバンドが結束してきたんだなと感じました。そんな中、いよいよ1stミニアルバム「FLAME OF LIFE」がリリースされますが、今まで以上にはっきりしたビジョンがあったんでしょうか。

石川
「遊戯王ZEXAL」のおかげで、さらにバンドがかたまってきて、そのシングルに続いて、初めてミニアルバムっていう形でまとまった曲数の音源が出せることになったので、REDMANっていうバンドがどんな音楽をどんな思いでやってるのかが、この1枚でわかるような、名刺替わりのアルバムにしたいっていうのはまずコンセプトとしてありました。表題曲の「FLAME OF LIFE」は、特にそういう思いを歌詞に込めた感じですね。

——”生命の炎”とまで歌ってるわけで。

石川
そうですね(笑)。このバンド、そして歌にかけるオレの素直な気持ちです。もう、まんまですね。それも杉原に引き出してもらった部分が大きくて。昨日もこのアルバムについて話してたんですけど。

——熱いなぁ(笑)。

杉原
語ったねぇ。元々は企画ものって言い方もおかしいんですけど、ソロプロジェクトの延長線上で始まったんで、バンドとしての心はどこにあるんだろう?って。でも実際によいものになってきてて、周りの人も付いてきてて、聡が言ってた”居場所”じゃないですけど、この環境でみんなとやっていきたいし、もっとよくしたいし。そう考えたときに、俺がやりたいバンド像は、歌ってる人の気持ちが大事だなと。もちろん音楽なんで、コードやリズム、メロディも大事な部分なんですけど、人前で演奏したり、曲を聴いてもらうときに、歌ってる人の人生観や積み上げてきたものはコピーできないんですよ。その人じゃなきゃ歌えない、そこがコアになってるんで、今まで石川聡って人間がここまで何年もどんな気持ちで歌ってきて、今、何を届けたいのか?っていうのを全楽器、背負うと。それに勝るものはないだろうと思うんですよね。ま、音楽は勝ち負けじゃないんですけど、胸を張って音楽をやるっていうのはそういうことだと思ってるんです。

——しかもこれだけ「本当の自分はどこにいるんだ?」って問いかける歌が多いのに、決して重苦しくも押し付けがましくもなくて。

杉原
ロックって勢いも大事ですけど、僕はREDMANの曲には繊細さも入れたくて。このバンドが始まった頃、ちょうど、ギター教室に通ってて、ジャズやシャンソン、ボサノヴァをやってたんですね。そこでの経験もけっこう大きくて。それでテンションノートだったり、コード論や和声の勉強をしてた時に制作してたんで、そういうのも入れてるんですよ。

——確かに曲として景色が広がります。

杉原
やっぱり、普通のコードで弾くと3つしか音出ないじゃないですか?それが7th入って4つになって、テンション入って5つになってというふうになると、景色が広がるというか。サビも5つでできてる和音に主旋律があると聴こえ方も全然違うんで、それを理解してやってるのと、理解しないのとでは違うかなと思います。

——そういう知識とスキルがあれば、楽器の音だけで表現できるし。

杉原
そうなんです。絶対、自分たちで出せる音だけで曲を作り、レコーディングをし、ライブをしようっていうのがまず根底にあるので。無駄なアンサンブルの配置が嫌いっていうのもあるかもしれない。だから10代の子が聴いたら
派手さはないかもしれないけど(笑)。
石川
ないね(笑)。
杉原
そこに僕らの人間味がにじみ出るというか、派手じゃないんだけど、実は綿密に作られてます、みたいな、建築物みたいな美学をもって音楽を作ってますね。
石川
だからひとつでも音が欠けたら成り立たないっていう絶対的なパートの棲み分けもREDMANの持ち味でもあって。そこはいろんな世代、ジャンルが好きな人に聴いてほしいところですね。

——アルバムが出て、さらに活動が本格化すると思うんですが今年はどんなスタンスでやっていこうと?

石川
自分たちの個性を出せて、輝ける曲を作って、バンドとしても筋肉を付けていくことを今は目標にしています。俺はREDMANのおかげで気づけたことがホントにいっぱいあって。お客さんゼロからライブをやってきたわけじゃないですか。まったく知られてないバンドなんで。そこで、なんにもできなかったんですね。パフォーマンスというか、人に伝えるっていうことを。もう一つのバンドではすごく盛り上がるんですけど、それってお客さんに助けられてたんだなとすごく感じて。錯覚してたんですよね、自分たちがカッコイイとか、パフォーマンスがすごいからだっていうふうに。もう、自分の無力さに怒り心頭で、悔しすぎて、自分が好きだったアーティストのDVD見たり、お客さんのあまり入ってないイベントに行って、そこでその人たちがどういうパフォーマンスをするのかも見に行ったし。でも、それでバンドの根底や初期衝動を思い出せたのは大きかった。調子に乗って挫折もなかったらと思うと怖いですね。気づけたせいで命拾いしたなって思いました。

——その経験、無敵ですね。今年の夏あたりは面白いことになっていそうで、期待してます。

杉原
ロックフェスにもアニソンフェスにも出たいんですよね。バンドで体現してる人って、ほぼいないじゃないですか?そこは目指していきたいですね。